水曜日以外ナマケモノ。

水曜日に(多分)更新します

ターメリックの力。

以前、別の記事でも書いたように、今年8月くらいから始まった「スパイスカレー 」ブームはまだ続いている。そろそろ部屋だけでなく、自分の体臭も変わってきたのではないかと心配になってしまうが、今、飽きてしまうと大量のスパイスを余らせてしまうことになるので、せめて、使い切るまでは!自分の中のブームが続くよう自分で祈っている。

カレー作りに欠かせないスパイスといえば、「ターメリック(ウコン)」がある。わたしは普段あまりお酒を飲まないのであまりお世話になったことはないけれど、二日酔いに効く、ということで、飲み物、サプリメントなどなど、一時ブームになったあのウコンである。そのブームは定番となり、今や飲み会の前の必需品となっている人もいるかもしれないが、実は最近また注目されているらしい。『日経トレンディ』の来年2019年のヒット予測に、ターメリックを使った飲み物「ゴールデンミルク」が入っていた。今までだったらあまり気にならなかったかもしれないが、スパイスを使った飲み物なので、数ある予測商品の中からついつい目に留まってしまった。なんでもアメリカでは、美肌、代謝促進などの作用が注目されていて、日本でもナチュラルローソンとかに売っているらしい。が、そんなシャレオツなコンビニが近所にあるわけがなく、わたし自身はまだ飲めていないのだけれど・・・(そもそもローソンすら近所にないのでまずはローソンから・・・)。

ちなみに。もちろん自分でも作れる。エスビー食品のHPによると、牛乳(200ml)をレンジであたため、そこにはちみつ小さじ2、ターメリックパウダーを小さじ1/4を加え、よく混ぜれば完成、とのこと。サイトによって若干レシピが異なるので、お好みの味を探してみてほしい。

さらに、先日、ターメリックの主成分「クルクミン」を加熱してできる化合物に、胃がんの増殖を抑える効果がある、という研究結果が発表された、というニュース記事を読んだ。とはいえ、健康になりたいわけでも長生きしたいわけでもなんでもないけど、好きなものを食べて何かしらの効果があるとしたらうれしい。

これはまさしく個人の感想なので、それが理由かどうかはわからないけれど、スパイスを毎週適度に摂取しているせいか、太りにくくなった気がする。どなたか、スパイスカレーやスパイスを使った料理にハマっている方。自分の調子がどうとか、ありますか。

 

ワーキングメモリが足りない

そう言われた。

いろいろあって、もしかしたら、自分は発達障害かもしれない・・・そう思った私は、病院で心理検査というものを受けたのだ。

発達障害という言葉は知っていたけど、自分とは無関係のものだとばかり思っていた。調べてみると、集中力がなかったり(でも好きなことはずっとやり続ける)、人と合わせることができない・・・といったことが挙げられるそうで、思い返してみると実は日常生活(というか人生)で困ったことがたくさんあった。忘れ物が多い、すぐ物をなくして慌てる、は当たり前。ただの不注意かと思っていたけれど、それら、今まで感じてきた「生きづらさ」がもし生まれ持ったものだとしたら・・・?

実際に受けた検査は、3時間くらい。心理士の方?と1対1で向き合って、筆記テストを受けたり課題にチャレンジしたり。「ウェイス・フォー」と「ロールシャッハテスト」と呼ばれるものだ。それはそれは異様な時間で、こんなんで何がわかるんだと思っていたけれど、結果、心理士の方は占い師ですかっていうくらいにわたしの性格を分析し、的中させていた。レポートのようにまとめられると、おおそうか、と納得せざるを得ない。

で、検査の結果が「ワーキングメモリが足りない」。人の話を聞いて記憶する力が長けているらしいが、処理能力がものすごく低いらしい。確かに、一度に複数の作業をするのがどうも苦手だ(マルチタスク)。

マルチタスクが苦手だと実感する、いい例だなと思うことがある。料理がどうしてもうまくならないことだ。手際が悪すぎる。それこそ同時進行でいろんなことを進めなければいけないのに、それができなくて、キッチンのまわりはぐちゃぐちゃ。レシピをちゃんと読んでいなくて慌てたり、いろんなものをひっくり返したり、こぼしたりして、あ・・・ってしょっちゅう凹んでいる。たまに、テレビで何品も同時進行で料理を作るスーパー家政婦さんが特集されているけれど、あんなの絶対ムリだなあ。

そういった些細だけど、実は大きなウェイトを占めている「生きづらさ」は、わたしだけがつらいのだと思っていた。ところが、実は世の中に同じ苦しみを抱えて生きている人もたくさんいるのだということを知った。比較するものでもないが、私なんかまだ軽度なのかもしれない。結局、私が発達障害かどうかはハッキリと言われなかったけれど、先生曰く「今の仕事ができている、続けられているみたいだからよかったですね」ということだった。そういうものなのか。まあ、今の仕事をしていなかったら確実に死んでいたと思っているから間違いではない。これを読んだ人はだから何?と思うかもしれないし、周りに理解を得るのも難しいというのもわかっている。だけど、自分的には、ずっと悩んでいた原因の一つがわかった気がして、少しほっとした。

 

前世はインド人か海軍か

自分の中で勝手に前世はリスなどの小動物(ナッツ好き)か、犬(たぶん忠犬)あたりだと思っていたのに、ここ最近インド人か海軍か説が浮上してきた。ここ数ヶ月、カレー熱が冷めない。それも自分で作るほう。今流行りのスパイスカレーである。この頃は週1ペースでカレーはもちろんスパイスを使った料理を何かしら作っている。

ちょっと前から巷でスパイスカレーブームがきているな、っていうのは感じていたんだけど、自分でも作ってみようと思ったきっかけは、とある人気店のカレーを食べたこと。気になっていたあるお店(1時間待ち!)に食べに行って、くせになる味はもちろん、その店主のスパイスにかける思いに惹かれたというのがある。一人の人間をとりこにしてしまうスパイスカレー。純粋に自分でも作ってみたいと思ったのだ。

もちろん昔からカレーは好きである。でも、自分で作るというよりは、今までお店で食べたり、ちょっといいレトルトカレーを買ったりして家で食べることが多かった。なぜならわたしは玉ねぎが食べられないからだ。当たり前だけどこれまでスーパーで手に取ることもなかった。昔、玉ねぎなしでカレーを作ったことがあったけれどもうそれはそれはまずくてわたしにはカレーを作る資格がないと思い、それ以降、固形のルーを買い物かごに入れることはなかった。

しかし、やはりカレーには玉ねぎが必須だ。今回ばかりは買わざるをえない。レシピでは少し大きめのみじん切りにしているが、わたしは食感が残るとダメなので、あくまでも自分が食べられることを最優先に、申し訳ないが玉ねぎの部分は少しアレンジを加えている。最初は、冷凍してからすりおろすという技を使っていたが、めんどくさくなってきたので、とうとうフードプロセッサーを購入し、かなり細かいみじん切りにする。フードプロセッサーがあれば、ほうれん草のペーストも作れるのでちょうどよい。

お恥ずかしい話、昔よりスーパーで買う野菜の種類が格段に増えた。本当に子どもみたいなんだけど、カレーに入っていると苦手な野菜も(なんとか)食べられるのだ。それもカレーのありがたいところである。あと、正解がない感じが好き。お店で出しているカレーはどれも具もスパイスも凝っていて、好きな食材で作れるのがいいなあと思う。あと、玉ねぎ抜きにするとかよっぽどのことがない限り、大失敗がないのもいいところ。作る楽しさももちろんあるけれど、わたしにとっては野菜を食べるためのカレーである、ということにも気づいた。

ただ、レシピは2〜4食ぶん用なので、一度に作っても、自分ひとりで少しずつ食べるしかなく、おいしいのかまずいのかさっぱりわからないのが悩み。

スーパーで売っているような小瓶のスパイスを何種類か買うところから始めて今は6〜7種類。レシピ本を見るとその倍はあったほうがよさそう。近いうちに、新大久保のイスラム横丁(レアな食材がたくさん売っているスポット)にも足を運んでみたい。

 

 

たまには自撮りしたくなる

毎週水曜日に更新しようと決めてから3週目。もう息が切れそうである。1週間に1つくらいはブログのネタがありそうだと思っていたのに全然である。なぜなら基本一人で行動しているから何も起こらないのだ。

一人で行動といえば。月曜日に名古屋に行ってきた。目的は銀杏BOYZのライブである。東京公演のチケットが取れなかったので、わたしとしては地方に行くのは至極当然なことなんだけど、昨日今日で、ハァ!?というリアクションはすでに複数人にされたので、これ以上はもう受け付けない。

名古屋に降り立つのは、10年ぶりくらいだと思う。せっかくだから観光したいという気持ちもあり、ライブの前に名古屋城まで足を伸ばしてきた。カメラも持って行ったので、景色とか、食べ物とか、いろいろ撮っていたんだけど、そればかりじゃさみしくて、1枚くらい名古屋城をバックに自分が写った写真が欲しくなる。誰かに「お願いします」と言えれば済む話だが、コミュ障なので人にも話しかけられず、、、とりあえず、スマホのカメラをインカメにして自撮りを試みる。が、そもそも写真写りがあまりよくない私(動画はもってのほか)。自撮りは普段撮り慣れていないのでさらにひどい。どんなに加工アプリとかを使ってもダメだ。そういうことじゃない。もともとの中の人の素材の問題だ。

その後、今度こそは、奇跡の一枚を撮るぞ!→(パシャパシャ)→いや、やっぱり結果は同じ(T_T) を繰り返す羽目に・・・。

もう何度撮ったところで結果は同じだろうと思い、結局、自分with名古屋の名所は諦めた。普段から自撮りに慣れている若者が羨ましい。う〜ん、来たるべき日のために練習しようかな。

多分しない。

 

 

ヘイ、ポール

また一つ歳を取ってしまった。年齢とか関係なく、自分の生い立ちから、なんとなく誕生日は素直に喜べないし祝ってもらう資格もないと思っているのだが、大事なひとから祝ってもらえると(※半強制的に祝わせている感あり)やっぱりうれしい。

そんな私でも生きていてよかったと思ったのが、ポール・マッカートニーのライブを観たことだ。別のところでも同じようなことを書いたが、1週間近く経った今でもまだ私の心を揺らし続けている。洋楽に疎い私ですらビートルズの曲くらい知っている。そして私にとっては、私の好きなアーティストに多大な影響を与えた人でもある。あの人も、そしてあの人も。

ステージでは、ベースはもちろん、ギター、ピアノ、ウクレレを弾きこなし、曲が終わればお茶目に振る舞う。もちろん、真面目な話もする。そのバイタリティ、とても76歳とは思えない。それは観客も同じで、客層的に、どうしても上の方が多いのだが、始まってしまえば青春時代に戻るのだろう。となりの女性はライブが始まった瞬間、ノリノリでほぼずっと踊っていた。演じるほうも、観るほうも。なんてカッコいいんだー!

そして特にグッときたのが「Hey Jude」の大合唱。それぞれが持参した「Na Na」のボードを揺らしたり、スマホのライトを照らしながら歌う(「美しい」と言っていたけれどこれは日本だけの光景なんだろうか)。よくロックなTシャツに書かれていがちな「LOVE & PEACE」。イヤイヤ使い古されすぎでしょ・・・と思ったりするが、まさにその光景が広がっていたのだ。いい音楽に国、言葉、年齢なんて関係ない。あの空間だけは超絶平和だ。素晴らしいものは何年経っても、この先も、きっとずっと素晴らしい。この1曲だけでも、どれだけの人の心を震わせてきただろうか。当時のことをよく知らない私ですら2時間半のステージにこんな感銘を受けるなんて。歳をとって涙もろくなったのもあるかもしれないが、とにかく涙が止まらなかった。そりゃあ全世界が熱狂して、ロックキッズが一斉に楽器を手にし出すのわかりますわ。あの日のことは、きっと忘れないと思う。

 

どうにもこうにも。

ブログが続かない。前回の記事は10月1日だ。とにかく根性がなさすぎる。そんな私、目的も締め切りも読者もいないブログが続くわけがない。私はなんてダメな人間なんだと多少反省し・・・毎日は無理だけど、週に1回曜日を決めたらなんとかなるのでは、と思い、水曜日に何かしらの記事をアップする決意をした。生きていれば1週間のうちになにかはあるだろう。いや、あってくれ。それでもサボり始めたら人としてもうダメだ。

普段、特に目立った活動も何かがバズることもなくのらりくらりと生きている私だが、こんな私でも年に2回、大学のゲスト講師として教壇に立つ機会がある。なんと連続で2コマも(180分!)。今回は後期の授業で、1コマ目は、今やっている仕事について。ラジオの現場でどういうことをしているのか放送作家としてひたすら喋る。2コマ目は、今、学生の間でどんなことが流行っているのか、どんなことに興味があるのか知りたくて、好きなことを書き出してもらったり、以前学生が授業で考えた企画の講評をしたりした。1コマ目は月曜の午前中だったし、一方的に私の話を聴くばかりで退屈な部分もあっただろうけど、2コマ目は学生と実際にやりとりしながら進めていったのでそこそこ盛り上がった。授業に呼んでくださった先生に「ラジオみたいです」なんて言われた。好きなことを話している時の顔はとても楽しそうだ。

授業後に、学生から感想をもらった。企画の考え方が役に立ったとか、企画以外(就活とか)でも使えそうだと思った、とか、話が面白かったとか、概ね好意的な意見が多く、とてもありがたかった。中には、自分の好きなことがうまく伝えられず、悔しかったという人も。いやいや、今日できなくてももっと人生の大事な瞬間でそれができればいいのだよと言いたい。一期一会だから、やるからには変な人が来たなと思ってほしいし、これは役に立ったなと思える部分があってほしい(なんか本になりそう)。極論、180分のうち、5分でも何か学生の心に残っていればよい。相変わらず人前で喋るのは苦手だけれど、パーソナリティとして2年半もやっているラジオでの経験が少しは生かされているようで安心した。

先生、そして学生のみなさんありがとうございました。

 

作詞

ついこの間、ある人から「作詞をしてみたらどうか?」と勧められた。その人はわたしの周りで数少ない、仕事とか深いところを相談できる人で(愚痴ったりもしてすみません)、そういうのが向いてるんじゃないかって言われたときはちょっとだけ嬉しかった。

作詞はしたことがないわけじゃない。お恥ずかしながら高校生の頃はタクローに憧れてノートに「人生とはなんなのか・・・」みたいな詞ばかり書いていた。当時は狂ったようにGLAYばかりを聴いていた頃で、タクローが描く小説のような美しい歌詞の世界がわたしの中ですべてだと思っていた。タクローが昔、銀色夏生に影響を受けたというのをどっかで見たので、詩集を読んで真似したりしていたこともあった。残念ながら、そのノートは手元にないけれど、今見たら卒倒すると思う。GLAYの「pure soul」の歌詞の世界に、10代でたどり着きたかったんだよね・・・きっと。

オリジナル曲を作ったこともあったし、ちょっと前も思うことがあって、実はいろいろ書き溜めていて、作詞のようなものをしたことがないわけではないのだけれど、自己満足のために書いた散文と、ちゃんと「歌」になるための歌詞は違う。この間書いたやつは、正直私情丸出しで、これを誰が歌いたいんだ!?と思うほどのひどい出来だった(今思うと)。多分私情はその何分の一かに抑えないと成立しないだろう。反省。

ちなみに、わたしは歌うことも嫌いではないけれど、自分の歌詞で歌いたいと思ったことは一度もない・・・ってだめじゃん。前にもどこかで書いたような気がする、子どもの頃の夢「印税生活」。作詞で食べていけたら、少し近づけるだろうか。